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プロテイン菓子工房『アスリートサポート』伊勢多恵美 コラム オリンピック選考会

コラム
伊勢多恵美

コラムCOLUMN

○○○○○○○○イメージ

オリンピック選考会

2012年7月


私はオリンピック選考に2回関与している。

一度目は1980年、モスクワオリンピックの時で、
政治的問題でアメリカがボイコット。
そして日本もボイコットすることになり、
西側諸国の集団ボイコットという事態になった。

我がチームはそうした事情をヘッドコーチから聞いた。
コーチ室に集まった選手の何人かは呆然としていたのを記憶している。
静まりかえったコーチ室で「選考会」に出場するか?と全選手に問う
張り詰めた空気の中、男子バタフライのオリンピック出場有力選手が

「オリンピックに出られへんやったら、選考会に出てもしゃあないんちゃうん?」

と、彼は九州出身だが大阪弁で言った。

その時は、それはそうだ!と頷いた
その結果、私の所属しているチームは選考会に参加をしなかった。

しかし、日本選手権兼選考会は予定通り行われ、選手を選考し
「幻」ではあるものの現在もオリンピック代表として名は残されている。

このことを知ったのは、選考会が終わって、代表選手の顔写真が新聞に載った時で、
唖然としたのは私だけではなかったはずだ。
どちらにしても、日本はモスクワには参加していない。
しかし、「モスクワオリンピック代表」という肩書きも欲しかった
と、今でも思う時があり、悔やまれる。

私の競泳人生のピークはちょうどこの頃で、もし出場していたらメダルを獲得してたのでは…
と、いまだに言われたりすることもある。
めきめきと記録を伸ばして、日本女子バタフライのトップ選手に追いつき、
そして追い越し、ライバルといわれる存在が出来たのもこの頃だ。
多くのスポーツ選手が怒り、悔しみ、涙した「幻」のオリンピックを私は忘れてはいない。


それから4年後、二度目の選考会。
選手ならば誰もが一度は意識し、目標とした「オリンピック」
ロサンゼルスオリンピックの選考会。

1984年6月、日本選手権競泳兼オリンピック選考会が、東京都体育館で3日間行われた。
当時は現在のような派手でショー的な要素がまったくないもの静かな競技会であった。
私の出場種目は100m・200mバタフライ。

1日目は100mの種目で私の得意な種目だ。
どちらかというと「先行逃げ切り」タイプなので、前半から飛ばした。
このレース展開はいつもやっていることである。
そして、タッチをして電光掲示板を見ると三位であった。
ありえないし、いちばんやってはいけない結果である。
優勝したのは、ライバルのKさんではなく、若手で伸び盛りのTさんだった。

そして、なか1日空いて選考会3日目、200mバタフライ。
私は100mのレース後からは何も考えないようにしていた。
200mに臨むにあたり、特に焦った気持ちはなかった。
なぜなら、私はどのレースも100%以上の力で泳いでいるからであって、
結果は結果で受け止めている。悔しくて泣くことはない。

200mも伸び盛りTさんに優勝を持っていかれた。
そして、2位が私、3位がライバルKさん。
私がKさんに200mで勝つということはめったにないが、
このときは神が降りてきたのか、かろうじてKさんには勝てたミラクルレースであった。

結局、両種目とも優勝は伸び盛りTさんで、
2位・3位を私とKさんが分けるという結果に終わった。
私とKさんのピークはとっくに終わっていた。

選考は随分時間がかかった。
有力選手とコーチは残って選考結果発表を待っていた。

競泳バタフライは、世界レベルや今までの実績、キャリアが評価され
日本水泳連盟は、3位までの3人を選考した。
ピークを過ぎていた私も、実績・キャリアを評価されたのだと思う。

当時は、選考会を行うものの、選考基準は、実績、キャリアなども評価され
選考会当日の結果だけではなかった。
世界レベルを考慮した選考をしていたと思う。

当時、選考方法に疑問を持つ選手も多かったかも知れない。





その後の競泳オリンピック選考でも
ソウル五輪の男子自由形選手が、優勝はしたが世界レベルとかけ離れているため、
日本代表になれず、水泳連盟に猛烈な抗議をしている。
シドニー五輪の時は、五輪A標準記録を突破して優勝したが
代表選考から外され、日本人として初めてスポーツ仲裁裁判所に
提訴した、女子自由形の選手がいた。

この現在の明解な選考基準が確立されたのには、
選手選考に意義申し立てする選手が多かったからと思われる。
競泳に関しては、選考基準がはっきりと定まったように思える。

そして現在の競泳選考会は、
タッチした時点で合否がわかる仕組みになり
レース直後、ガッツポーズする選手、うなだれる選手と明暗が分かれる。
テレビ観戦では、標準突破記録が明確に表示され、
さらにはその記録をわかりやすくするラインが出てきて、一目瞭然、
代表選手発表など待つ必要がないシステムに変わった。


では、他のオリンピック競技の日本代表選考についてはどうだろうか
未だに過去の競泳選考方法と同じように、過去の実績を重視する競技もあるし
かと思えば、「一度のフライング」で失格、という競技もある。

金メダル確実!といわれる、ジャマイカのウサイン・ボルト選手にしても
どこかでフライングをしたら・・・一発失格なのである

競技によって様々な理由で、選考方法、基準があるのは確かであるが、
選手・コーチは選考基準に納得して、代表を目指しているであろうか。
各スポーツ競技連盟は、これについてしっかりと確立しないと、
選手は何のために競技をやっているのか不信になってしまう。

オリンピック代表になるレベルの選手は、いろいろなものを制限し、
人生をかけて、命がけで日々鍛錬している。
公平で納得の出来る選考基準を、すべての競技連盟に確立していただきたいものですが、
現実問題としては、なかなか難しく思える。


4年に1度の選考会に照準を合わせ日本代表にならなければいけない。
その年、その日、その時間、そのレースにあわせて
コンディションを作り上げなければならない難しさ。
ただ、私個人がひとつハッキリとわかっている事は
「運も実力の内」だと思うので、選考会当日にベストが出せる選手を代表にするのが、
ひとつの公平な評価であると、思っている。

オリンピックにやり直しは無い。

だからこそ、当日に実力を発揮できるということ自体が、実力であると思う。


伊勢 多恵美



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